第一 基本調理 三、洗い方

 三、洗い方

 調理にあたりまず食品を洗うは、これに付着せる有害物、不潔物を除去するを目的とす。

 また食品は灰汁ぬき、塩出し、生気復活または組織を軟化するため、やや長く水に浸すことあり。

 左に洗い方に関して注意すべき諸点を述べん。

 一、野菜類のごときは叮嚀に洗う必要あるも、米麦、魚肉類にありては、衛生上必要の程度にとどめ、洗い過ぎざることに注意すべし。過度に洗うときは栄養分を損失す。

 二、鳥、獣肉、切り身とせる魚肉、焼く場合の干魚、するめ、昆布のごときは洗わざるを良しとす。

 三、火熱乾燥野菜、干椎茸等の浸し水はこれを捨つることなく、煮物、汁物に利用すべきものなり。

 四、豆類、干鱈のごとき煮え難き食品は、あらかじめ長時間水に浸し、その軟化するを待ちて調理するを良しとす。

イ、穀類

 精米、精麦の淘洗〔とぐこと〕は栄養分を流失すること多きをもって、なるべく洗い過ぎざることに注意すべし。無砂搗米麦(殊に胚芽米)にありては搗粉〔速搗粉の略。石英を主成分とする搗き砂〕の混入なく、かつ研米〔研米機で糠をとること〕じゅうぶんなるため糠の付着少なきをもって、単に塵芥を洗い流す程度にとどむべし、したがってこの場合は米麦を同時に洗うも可なれども、混砂搗米麦にありてはべつべつに洗うを可とす。これ圧搾麦は米と共に淘ぐときは澱粉流出して養分の損失多きをもって、淘洗を控ゆる必要あればなり。

左に米麦の洗い方につき詳述すべし。

一、精米

(イ)無砂(搗)胚芽米は胚芽保存上なるべく淘がざるを可とす。また無砂搗にしてかつ研米しあれば淘ぐ必要なく、洗う程度をもって足りるものなり。したがって洗米器の使用はざっと水洗いして塵埃を除去する程度とし、把手の回転数は少なきほど可とするも、おおむね一分間四十五回転の標準とす。

 洗い方はまず水を米の二倍量位洗米器に入れ、のも米を投じて数回転ののち塵埃および濁水を流し出し、さらに清水をもって米を笊内に流し移す。

 胚芽米の洗い方の適否は洗滌後胚芽脱落の多寡により判定すべきものなるをもって、前記の要領によりて洗滌し、その成績を見て洗米器の使用を手加減するを可とするも、要は洗い過ぎざるにあり。

(ロ)混砂(搗)精米は適量の精米を洗米器に入れ、その約二倍量の清水を注ぎたるのも、把手を十四、五回転して洗米なし、汚水を流すこと三回にてとどめ、清水にて笊に流し取るべし。

(ハ)無砂搗研米の完全なる「不洗米」は洗うことなくそのまま用ゆるものとす。

二、精麦

(イ)無砂(搗)精麦は無砂(搗)胚芽米の洗い方に準ず。

(ロ)混砂(搗)精麦は適量の精麦を洗米器に入れ、その約二倍量の清水を注ぎたるのも、前回同様緩徐に〔ゆるやかに〕把手を十四、五回転ののち塵埃および濁水を流し出し、さらに清水を注ぎて笊内に流し取るべし。

口、生野菜類

 生野菜類は農家において土砂を去り、洗いたるものを買い入るるを普通とするも、その方法粗略にしてかつ不潔なる洗い水を使用すること多く、ために病毒菌、寄生虫等を混入し易きをもってじゅうぶん洗わざるべからず。殊にこれを生食する場合において然りとす。

 また牛蒡 のごとき灰汁強きものは、庖丁後そのまま放置するときは黒変するをもって、庖丁後直ちに清水に浸すを良しとす。

 葉菜類

 特に葉裏および根株の部分に注意し、昆虫および寄生虫の卵、その他不潔物を除去し、葉菜類は萎れ易きものなれば、使用前約三十分間水に浸し生気を復活せしむるときは、取り扱い便利にして、味もまた可なり。すべて葉菜類はじゅうぶん洗いたるのち切り、切ってから洗うべからず。

 根菜類

 大根、人参、牛蒡 のごとき細長きものはまず「たわし」等にて土砂を去り、また甘藷、里芋、馬鈴薯のごとき、丸味を帯ぶるものは四斗樽等に水と共に入れ、棒などをもって攬絆し、一時に多量を洗うを便とす。

 果菜類

 果菜類は比較的清潔なるも、一度水洗いするを可とす、殊に胡瓜には病害予防のため種種なる薬品を散布することあり、ゆえによく洗うべし。

 生野菜の消毒法

 生野菜の消毒法には前述洗滞法のほか、煮沸消毒法および薬品消毒法あり、而して生野菜の最も簡易なる消毒法は洗濡法にして絶対的効果あるは煮沸法なり。しかれども生食を欲する野菜、漬物等のごとく、嗜好上または「ビタミン」の保存上煮沸するを適当とせざるものあり。これらにたいしては清浄なる水をもってよく洗濡するを要するも、なお細菌を除去せんとせば薬品をもって消毒せざるべからず。

 消毒に使用せらるる薬品は普通漂白粉、塩酸等なり、通常漂白粉の○・○五パーセントの溶液をもって野菜を消毒せば五分ないし十分にして付着細菌の九〇パーセント以上死滅し、○・一パーセントの濃度にてはなお速やかに死滅す。有効遊離塩素の存否濃薄は検知用試験紙をもって判定するも可なり。また塩素臭の脱却を要するときは、稀薄なる次亜硫酸曹達溶液かあるいは稀塩酸を洗濡水に加え脱臭するまで洗扉すべし。また塩酸は「チフス」菌にたいしてはその五百倍溶液にて三十分。一、〇〇〇倍溶液にては、一時間にて殺菌せられ、「コレラ」菌にたいしては一、〇〇〇倍溶液にて一五分。三、〇〇〇倍溶液にては三十分にして完全に消毒せらる。しかれどもこれら薬液による消毒の場合には野菜の表面がよく薬液に触るるごとくじゅうぶんに攬絆すること肝要なり。情況により、液の濃度および浸漬時間の増大を要することあり。なお食酢、橙酢等は「コレラ」「チフス」菌にたいし相当の殺菌力を有す。

 煮沸消毒にありては、摂氏五十五度の温湯によりては十五分、六十度にありては五分間にして野菜に付着する細菌は死滅し、八十度の熱湯にありては「チフス」菌は三十秒、「コレラ」菌は五秒ないし十秒にて死滅す。

ハ、乾野菜類

 乾野菜はまず土砂、塵芥その他の夾雑物を去り、のち洗いて水に浸し、軟化後はあまり洗わず二、三回水を替うるにとどむべし。乾野菜の浸漬時間は長きにしたがって風味を失うものなるをもって、目的の軟かさに達する程度(ほぼ原形に還元したる)にとどむるを可とす。

 豆類は皮に皺を生じ、次に皮のじゅうぶん張るを程度とし、茸類は塩水にて洗うを良しとす。

また夏季にありては浸し水腐敗し易きをもって、ときどき取り替うるを要す。

 ニ、生魚類

 生魚類は内臓、鰓等を取り去り、じゅうぶん洗いて血臭を去り、いったん切り身となしたるのちはいっさい水洗いせざるを良しとす、切り身を洗うは風味と栄養分を損ず。ゆえに切り身はまず俎板を清潔にしたるのち行うべし。

 冷凍魚の還元法

 冷凍魚の還元法には自然還元法と温度調節還元法の二種あり。自然還元法とは冷凍魚を清潔なる器に入れ常温にて還元する方法にして、温度調節還元法とはきわめて低温(摂氏〇・五―六・五)に保ち時間を長く最も理想的に還元する方法なり。冷凍魚の還元に際し高温にて早く還元するときは自然味を失うこと多く、これに反し温度調節還元は味の損失少なし。

 生の魚肉を冷凍するにあたり筋肉中の水分は多量に分離せらるるものにして、この水分は還元の際ふたたび筋肉組織内に吸収せらるるものなり、ゆえにこれを緩徐に還元するときは水分吸収作用最も有効に働き、急激に還元すれば、この作用じゅうぶんならず、ために分離水分は筋肉に吸収せらるることかく外部に流出し、この際貴重なる成分および味をも失う結果不味となるものなり。而して冬季は自然還元が殆ど温度調節還元に近きをもって理想的なるも、夏季においては還元時間長きに失するときは内部の還元せざるうちに外部すでに腐敗に傾くことあるをもって注意を要す。しかれども冷凍魚の還元に際し最も有利にして実際的なるは清水に浸して徐徐に還元する方法なり。その主なる理由としては、夏季の水温は温よりも低く、冬季はこれに反するをもって、共に外気にたいしその温度を調節し得るをもってなり。而してその還元時間は魚の大小、種類およびその冷凍時間によりて異なれども、あらかじめその還元に要する時間を顧慮して調味実施の際支障を起さざるごとく注意を要す。

 普通、鮭、鰤のごとき大魚にありては水に浸し、その頭と尾を両手にて握り曲げ得る程度に還元し、烏賊、章魚、蝦のごときはそのまま熱湯に入れ還元と茄で方を利用し、白魚のごときはそのまま汁に入れて用ゆることを得。

 *白魚(しらうお)〔素魚(しろうお)とは別の魚〕

ホ、塩魚類

 塩魚の有する塩分を調味に利用するため、塩出しをなさずして調理する塩鱒、塩鮭、塩鯖のごときは水に二、三時間浸し置き、のち「たわし」等にて洗い、なお一度清水にて清めて調理す。

 塩出しをなすには右同様二、三時間水に浸したるのち洗いて汚水を捨て、さらに清水に浸し、塩分の脱出するを待つ。而してこの場合少量の呼塩を加え(食塩水を作る)、またときどき浸し水を取り替うるときは速やかに塩出しでき、かつ臭気を脱くに効あるものなり。

 塩出しに要する時間は、魚類の塩の程度により異なるも、一般に夏は早く冬は遅し。

 乾魚類

 するめ、目刺し、乾鯵等のごとく、そのまま焼きて食するものにありては、水洗いすることなく、刷毛等にて砂塵を払い去り、または打ち叩きて使用するを良しとす。

 乾鱈のごとく、非常に硬き乾魚にありては、少くとも一夜水に浸し、「たわし」等にて良く洗う必要あり。身欠き鰊〔頭と尾をとり去り、二つに裂いて乾かした鰊〕のごとく渋味を有するものは米の淘ぎ汁、灰汁または曹達水に浸すを可とす。

 すべて乾魚の浸し加減は原形に戻るを度とし、浸し水はときどき取り替うるを可とす。

へ、獣鳥肉類

 獣鳥肉類は魚肉の切り身と同様、水洗いするときは風味を損失するをもって、通常洗わざるを可とするも、もし屠殺の際血液その他の汚物を付着せるものにありては手早く洗うものとす。